それは2002年
彼は大学に通っていた。
その2002年の彼へと導いた、過去の彼は、
遊びや、恋や、バイト
当時の1年前、つまり高校3年となっても、未だ
夢はいつまでも夢であり、到達までの具体的な道筋を考えた事もなければ
実行しようと思ったこともない男であり
「周りが受験するから」以上の思いで大学を目指したわけでもなかった。
ただ何となくと
周りの生活にあわせていただけだった。
あれこれになりたい、あんな資格が欲しい、ああいうモノが欲しい。
取り巻く欲望は、夢とも言えない、ただの希望の数々。
こうすればなれる、これを勉強すれば資格は取れる、いくらで買える。
そのような希望への道筋が分かり、後は実行するのみとなる頃には
彼の心は既に、それらの夢とも希望とも言えぬものたちに、別れを告げており、
奇妙な満足すら覚えているのだった。
2002年
つまり、当時の彼はその頃から、何も変わっていなかった。
気付けば普通の道を歩んでいるものだろうと勘違いしていたままだった。
街を歩けば、目前の楽しみに思考を奪われている。
その日の夕食、遊ぶ約束、週末の買い物。
どれも日々の雑踏に埋もれてしまいそうな事柄
ただ一つ人と違うのは、彼はそのどれに於いても、考え尽くしている事だった。
そんな大学入学と同時に、新たなバイト先を見つける事になる。
チェーン展開している飲食店、決めた理由は実に彼らしく
大した理由でなかった。
それはもうシンプルに、高校時代の友人の何人かが、同チェーンの別店舗で働いており、
「メンバー同士が和気藹々とした雰囲気」という印象。
彼は訳も分からぬうちに、「きっと、どの店舗でもそうさせる空気があるのだろう」と
気付いた時には、何故かそう確信していた。
そうして自宅近くの、その飲食店で彼は働き始めた。
入った当初、彼はいつものように新たな環境に身を投じる場面に於いて
バイトで働くという趣旨、お金を稼ぐという趣旨、
つまり真っ当な目的以外の所に頭を働かせつつ
この新たな環境で生まれるであろう人間関係を、少しでも自分らしく過ごせるよう
持ち前のひょうきんな性格を、さらけ出しつつ
周りに接していった。
ちょっとした合間に、お店の先輩に対して出す会話(彼は積極的に話しかけていった)
または質問への受け答え
その全てが彼らしい受け答えだったが、
しかし当の彼らしさという点がまた問題で
ちょっとした質問に対しても、「如何に誠実に自身の心と向き合い答えを出すか」
と考え尽くしながら
趣味と聞かれれば「感動すること」と、答え
好きなモノはと聞かれれば「外人」と、答え
その一見的を外れた答えは、
冷静に、誠実に、彼はそう答えていたのだが、
彼を変わり者と判断させるのに充分なものだった。
何故、彼はそんな小さな質問にも貪欲に誠実な答えを求めたのだろうか?
彼は自分の知性を疑ってはいなかったが、
その知性ゆえ、一つの物事に多くの可能性を見てしまっていた。
想像してしまっていた。
そうなると人は、一体何が本当にあるべきモノなのか?
現実的なモノなのか?
分からなくなってしまうのだ。
彼は、実に多くの可能性を見てしまっていた。
自身の出す言葉、一つ一つに、誰よりも疑いの目を向けているのも彼自身であったのだ。
「本当に自分はこう思っているのだろうか?」
「自分がこうなのだと言葉に出して、果たしてそれは正しいのだろうか?」
いつの時も彼は、そんな疑問を自身に対して投げかけているのだった。
何かを好きだという時にも、彼が振り返らず声を大にして言える事には、何か事実的な理由が必要だった。
勢いや、日常必要に迫られる嘘をのぞいて、彼はその断定に関して大いに悩んだ。
当時、彼は誰よりも自分への誠実な理解を、何かに求めていたのだった。
そんな彼は、決して大人びた性格ではないが、何処か達観した所があり
興味のない事に対しては、驚くほど反応もなく、
逆に自身が興味を抱いているモノに関しては、驚くほどの情熱の捧げるような彼の性格は、
同年代が夢中になる物事について、程度の差はあれ
どれも興味を示さず、
リアリストでありながら、その中に生じるロマンに生きたいと常々考えていた。
そんな中、この新たな環境で、一人の男と出会う事となる。
その人、ケイさんは、実によく自分の事を話す人で、「こうありたい」という自分の像を確かに持っていて
その為の努力も欠かさず、一見ストイックなように思える結果を残していつつも
何処か無邪気で、裏表のない、素直な性格が伝わってくる人だった。
彼はすぐに、直感的なものから、ケイさんに好感を持った。
年は離れているが、彼の性格、考え共に、
元々彼の身近な人間である同級生たちとは、深く人間的な所で語り合う事は諦めていたから
彼にとって、過去に年上の人達と話してきた、
彼が充実したと思える会話を交わす事の出来る、
新たな環境での初めての人だった。
驚くほど、すぐに仲良くなり
色々な事を話し、色々な話をし、彼らしくはないが、
実に新鮮な影響をうけた。
というのも、彼に生涯付き纏うであろうと思われた根源的な問題
考える事で尽きるという性質とは、全く逆のモノをケイさんは持っていたからだった。
彼はその点に最も大きく惹かれ、
自分でも気付かぬ所で、変革の訪れを予感していた。
自身に根をおろしている、辟易すべき宿敵と、向かいあうだけの価値観を蓄えていった。