千葉県民、都博史
彼が、帰ってきた
いままで幾度となく、
オレが日記で取り上げた彼は、もう過去のモノ
昨年、こちらで夏を迎える前に、彼は西の地へ旅立ってしまった
理由は、旅行に行ったとき、その地が気に入ったから
ニートという
人類としておよそ考えられる自由の極地に居た彼が
自らの足で踏み出した瞬間だった
夏が過ぎ、秋を迎え、冬を乗り越えたその先で彼は帰ってきた
昨年、オレが写真に、心をささげるようになった頃
彼も、とおく西の地で、
生まれてはじめてはたらくことを身に染み込ませていた
かの地での、彼の仕事は、公正なる盗撮
美しい景色を前にして、彼の心に、少しずつ火が灯った
カメラが欲しい
そして中古ながらも、買った、デジタル一眼レフ
つまり、彼はオレとおなじカメラという趣味をもって、関東へと帰ってきた
より洗練された精神で、より身近になって、より幸せになって、帰ってきた
そうして先日、一本の電話が鳴る
あ、もしもし?ちゃんおみ?
日曜日マーヒー?
ちょっとラーサク、ミーハナしにズーイーっしょ?
彼が旅立った西の地は、白川郷という、竪穴式住居
戻ってきた彼は、もはや話す言葉が、我々のそれとは違っていた
想像力と忍耐をもって、オレは理解に努める
つぎの日曜日、花見でもしに伊豆まで行かないか
とのこと
オレは新たなる彼を前にして、一人立ち向かう勇気を失っていた
そこで助けを求めることにした
高校からの同級生、恩田さん
彼ならあるいは、あの世紀の怪物、都博史とも面識がある
彼と共になら、戦えるかもしれない
そしてもう一人
恩田さんのおかげで何とか戦える
だが、空間を歪ませるほどの狂気が3名
これでは、地球温暖化はすすむばかりと、不安にかられていた
そのとき
突如、現れた、女神
これで車も、定員ピッタリ
オレは震える声で、都博史に電話する
恩田さんと、一名、僕の友達が来てくれるそうです
だれよ?
ダチトモって?
ナオン?トークできんの?オレを喜ばせられんの?
そのように努めます、としかオレは返せなかった
いざあってみると、とんでもない
これぞ擬態、彼は、まるでさもインテリのような空気を身にまとわせながら
饒舌である
車中、オレと彼が、事の成り行きを話していると、
女神が、社交辞令で投げかける、無邪気な問い
都さんは何処か今まで行ってたんですか?と
彼は誇らしげに答えてたよ
ちょっと世界遺産の白川郷ってところにねえー(世界遺産)
何で行ったんですか?
旅行で行ったらキレイだったんでねえー(世界遺産)
え、仕事はどうしてたんですか?
あっち行ってから探してねえー(世界遺産)
スゴイ勇気ですね(つまりコイツも頭おかしいってことですか)
いまとなっては、言葉の端々から、感じられる
彼にとって、世界遺産ということが、彼を彼たらしめる大きな要素になっているのだ
彼こそ、いまをときめく
世界遺産系男子
オレも恩田さんも、もう何も言えなかった
戻ってきた理由は、こちらで仕事が見つかりそうだったから
しかしできることならあっちにずっと居たかったと
昨年末、
オレと木下さんが、必死になって諭したあの時間と空間はなんだったのか
彼は言う
でいれば使いたくなかった一手ではあったが、
友人のコネを使って職にありつくと
こうしてオレは世の中の不平等さを知るのだ
彼ほどのセンスと、やさしさと、精神さえ備わっていれば、
幸福など、おのずと転がり込んでくるのだと
今回、伊豆まで日帰りで行くということで、
道中、オレたちは風の谷のナウシカの生死を確かめてから行くことにした
黒田家のおばあさま、希心会の使徒
河津で、七滝をいくつか眺めてから、顔を出した
家の前に車をとめ、戸をあける
勿論カギなんてついていない
盗るものがないのではない、盗っても駅まで10数キロ
台所で食事をしながら、テレビを見ながら、彼女はいた
あら、おばあちゃんビックリ
などといいながら
丁度オレのことを考えていたと言ってる
あった瞬間、やっぱりこういうのってあるのね、
と一人得心しているようだ
希心会がはじまった
一人で空気にむかってしゃべり続けている彼女を横目に、オレは3人を招いた
おばあちゃんご飯食べてたの、ブタのしょうが焼きが好きでね
と笑いながら言っているが
目の前にあるのは食べかけの焼き魚
恩田さんも、何かこらえきれない衝動を、
心に無理やり封じ込めながら
やっとのことで声をだす
それ魚にみえますけど
無理もない
誰だってそう言う
オレだってそう思う
とにかくオレは3人を紹介し、
顔をだしただけだから、
ちょっと近くの川まで散歩をして帰ると言って
早々と挨拶を済ませ、家をでた
帰りにまた、顔をだすからと
彼女は、こう言う
川の近くにあるおばあちゃんの小屋になってる
ミカンが食べごろでおいしいから
いくつかもいで食べてみなと
心の片隅に留めながら、川へと向かった
たしかにミカンがなっている
二種類
しかしそこにいくには、いのしし対策の鉄柵を乗り越えなければならない
そしてそこにはオレの天敵
スパイダーがいる
都さんに足をはこんで、とりにいってもらった
彼がとってきたミカンはかたくて、皮もむけない
恩田さんが食べてみたが、味がわからないという
そしてようやくその奥にある、いじつなオレンジ色のあれが、
ナウシカの言っていた
デコポンなる果実だと知る
食べてみると、うまし
もいだはいいが味のしないミカンと、
デコポンをいくつかもって帰りの挨拶をしにナウシカの家へ再度向かうと
彼女はお茶を用意してくれていた
湯のみ、みっつ
どうみても4人です、ありがとうございます。
恩田さん、たまらず
オレこのリゲインでいいですと
棚から顔をだす箱に詰められたリゲインを眺めながら声をだす
また、デコポンの隣にあったミカン
味がなかったが一体何かと、
話題もないことだし、きいてみると
逆に聞かれた
想定の範囲外
他に話題もないことだし、
ここはオレから、仕掛けるか
孫のみだからもつ、情報網をつかって聞いてみるかと
隣に住んでる伯父さんは元気ですか?と
笑顔だった彼女は、神妙そうに、口をひらいた
この家の隣の隣に、
○○○ってあるでしょ
そこのおじいさんがね
一年位前に、うちの前にあるてっぽうさんの
7メートルくらいかしら、崖から落ちちゃって
朝、みたら死んでたのよ
人の命
あまりにも重すぎる、誰しもがもつ、みえない力を前にして
オレらは、容易には口もひらけなかった
だが言わせて欲しい
隣の伯父さん関係なくないですか?と
彼女は教えてくれる
この世は理屈じゃまかりとおらぬと
生を全うし続けた知恵と経験が物言わぬ空気をもって語りかけてくる
ただしいことが理にかなっているとは限らないのだと
オレは、これ以上いたら希心会がはじまると直感し、旅を続けることにした
食事もまだだから、またねと
別れを告げ、
当初の目的、桜を探しに、車へと乗り込んだ
いざ着いてみると、これはこれは
ピンクの欠片も見当たらぬ
ミドリ
車でとおりすぎながら、道理で気付かない
絶望に明け暮れながら、ミドリに埋もれ
いまはやりの森ガール、女神と、
もはや森そのもの、都博史
まったく何にも興味がなさそうで橋でタバコを吸ってる恩田さん
一致団結することもなく、北へと向かうと
伊豆高原についたあたりで、
桜並木
ナウシカが言っていた
困ったら伊豆高原に行きなさいと
彼女の知恵は正しかった
湯飲みが三つでもいいじゃない
桜がみれたらいいじゃない
彼女はそういうことを、自らの知性と引き換えに、教えてくれている
こうしておれたちは無事、目当てのサクラへとたどり着き
世界遺産の欲望を満たし、帰路につき
また、サクラを思い返す
オレがオレをみにくいとおもう、いくらかのこと
それがひとつずつ、ゆっくり時間をおいて、順に泡になっていったなら
だんだん、残されたものが、
美しく、いくらかの誇りをもてることがらになっていく、その様
まさにその光景を眺めながら、オレはようやく、涙を流して救われる
そしてだんだんと、よいものすら泡にとなり消えていって
その喪失がかなしくもありながら、
微かに残る、いくらかのやさしさをもって、
よいものを幸福に見送る
そうしてなんにもなくなってしまいたい
最期、都作、よもやオレが盗撮される日が訪れるとは