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グラン・トリノ

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僕が死に方を考えるのは
死ぬためじゃない
生きるためなのだ
-アンドレ・マルロー



映画館でもDVDでも、予告編を、楽しく観ている自分がいる
映画が好きだから、何度観ても、期待せずに観れるから
期待のない所からあらわれる作品は、心に入ってきやすいと考えている
それに数分のつぎはぎで、観ている僕らの心を掴もうとしているのだから
ことはそんなに簡単じゃない
その挙げ句に、物語の根幹とも言えるような面をさらけ出してしまったり
作品の意図する所とはまた別のアピールをしてしまったり
触れるのも戸惑う、諸刃の剣であるにも関わらず
目を奪われてしまう
そして僕は、そんな僕を許してしまう
例えば、こんな評価を観たら
どうやってあんな傑作を生み出すのか分からない
果たしてどうしたら観ずにいられるだろうか
 
じき80歳にも差し掛かろうという
深く、表現するということを生業にしてきた男が
人に伝えるということを、その目的へとかえて
以前自らの手で彫った
パーフェクトワールドという彫刻を、模しながらも
再度つくりあげた意味を考えたい
クリント・イーストウッド
現代を代表する巨人が、後年になって
その有り余る力と、培ってきたその全てで、一体何を伝えたいのか
彼が、何か伝えようとしているのは明白であるにも関わらず
それがなんだかわからない
伝えるということの大切さのような気もすれば
そんなことは考えすぎのような気もする
ただ一つ、感じている、確かな事
伝えるということに、悪はない
伝えるということには、いつだって願いが込められている
相反する心と行為が一つになって、その人の願いを
または喜びを、哀しみを、あらわしている
彼は与えられた物事を通じて、表現し
伝えていくうちに、いつだか気付いたのだろう
自ら伝える力があること、可能性があること、伝えることがあるということ
それら諸々が自身を取り巻いていることに気付いたのだろう
そんな彼が自らを模倣していることを百も承知で惹かれ、つくりあげたことに、意味がないなどどう考えたら説明がつくだろうか
ウォルト・コワルスキー
彼が未だこうして人々の前に降り立っているだけでも奇跡だというのに
彼のその声は、愚直な苦悩に震えている
もちろん演技に違いない
しかし自らが選んだ、自らが見越した
このウォルト・コワルスキーという人物に扮し
彼の描いた哲学のなにもがあらわれないなどということはありえないだろう
僕たちは、彼に期待することが許されている
今までの、重厚且つ濃密な彼の芸術と比較して
老いていよいよなどと言う次元を、
僕なんかが持つ言葉であらわせるような次元を
遥かに越してはいるが
あえて言えば、コンパクトに、一本の線でまとめあがった
老齢の境地に達していなければおよそかなわない
何か確かな目的を別の所にもっていなければ達しきれない
宮崎駿が彼だけのベクトルを決めたように、
彼もまた自身の成すべき、到達すべき地点を見据え
その為に必要なものだけを残してつくりあげたのではないだろうかと、
愚かな予想を投げてしまうが、僕の答えには充分成り得た
ウォルト・コワルスキーは言葉少なながら
どれだけ多くを悩み
決断に辿りついたのか
彼がそこに辿りつくまで、容易ではないことは、充分物語っていた
一度、彼の芸術、彼のみる世界を、彼の作品を通して知ったのならば
およそ単純明快と思える、展開に既視感を抱き
彼に心底、心を奪われていたのならば
彼を目の前にして肯定しかだせない
そんな心持ちに陥っていたのならば
一つの結論にたどり着く
ウォルト・コワルスキーのすべてには、描かれている中でのモノ以上の何かがきっとある
 
彼は愚かしい程に自らの倫理を築き上げ
尚且つ、それに従い続けるだけの強さがあった
この世界では、やさしさは
表現と共に在るか、愛によって報われるかでなければ
表に出て来れない
彼のもつ、透き通った正しさは、隣人の好意によって
または亡き妻か
ともかく愛の傍らになければ分かち合うことはできなかった
何故なら彼は表現することすら恥と認めていたから
いや、彼からしてみれば
自分のような人間が表現してどうするとでもいったような
無骨な理論があったのかもしれない
彼は隣人との生活を通して心が和らいでいったのか?
おそらくそれは違う
彼はいつだってあのようであったはずだ
隣人の愛をもって、彼は心の疎通を認めたのだろう
自らを受け止めてくれる心を、器をみつけたのに違いない
そんな彼だから、自らが犯したやさしさの一片すら振り返らず
そのやさしさから溢れでた全てを
ただただ過ちだと考え、そうとだけ考え
決断を下した
彼は生と死から死を選んだのではなく、人生の締めくくり方を選んだ
それが全てを収めるために、もっとも正しい手段だと考えたのとは違う
彼は納得し、それが人生へのけじめだと考えた
彼はおそらく、全て、あらゆる物事を許していたが
自らだけは許さなかった
そういう男だった
 


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