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「でも、大方の母親はそうじゃないでしょ。」
「別に働かなくても、赤ちゃんを育てることくらいできる人がほとんどです。」
「私の母なんてその典型でした」
「でもそれって、よく考えてみたら、ほんとうにひどいことだと私は思います。」
「もし赤ちゃんが」
「口がきけて自分の意志を伝えられたら」
「どんな子でも冗談じゃないって言うにきまってるようなことです。」
おそらくほのかの母は、現実に親になってみて、慄然としたのだ。
ほのかにとって親の犠牲になることが耐えがたかったように
彼女には子供の犠牲になることが耐えがたかった。



彼は泣いている
感傷的になっているんだと分かっていながら
冷静でいようと努めていながら、どうしようもできなかった
ただの動物だった
即物的な取引と違って
心の取引は何を失って、何を手に入れたのか?
わからない
残るのは心の変形だけで、
結果、欠けているのか、増えているのか
わからない
お金を払って、まずい買い物をしたものだと後悔することもあるだろう
人を愛するという感情の起伏を払い
満足を手に入れることもあれば、成就しない感情に胸を痛める
その感情の取引が
まずい買い物だとは気付けない
起こり得る事柄だとは思えない
心が衰弱しているから
 
 
子供の特権ともいえる無知を
理解しようとしない、心なき大人が叱咤するだろう
無知によって培われる子供の遊び
その純粋なる一挙一動に対する、その言動が、行動が
彼らの真っ白な心に、知性に、
決して消えることはない跡が残すとは思わないのだろうか?
その子供は考えるだろう
一体僕の何がいけなかったのだろう
一体どうして、僕はそれがいけないことだと知らなかったのだろう
何をしてはいけないのか
何をしたらこの跡を
二度と刻まずに済むだろうかと
その一点に於いて、子供は、
一生を怯えて暮らすことになるだろう
それを心ない大人は、知らないんだろう
肉親にすら甘えることを知らず
怯えて暮らし
より大きな知性を手にし、
感情の取引を避けることが
自分を守る唯一の方法だと学ぶのだ
それがどれだけ哀しいことでも、
やはりその無知によって
子はそれを知らないのだから
 
感情の取引から手を引くことを
僅か両手の指にも満たぬ
子が、自ずと、選択してしまうのだ
そうなってしまったら
もう誰もそれを、救いあげてあげることはできない
一体誰が、彼を救ってやれるというのか
わかってあげられるというのか
その知性によって、
身の回りあらゆることを
無慈悲に説明付け
甘えることは決してない彼を、一体誰がそこから救い出せるというのか
 
彼がある日
大人を自覚するようになり
愛とは程遠い所に、僕はいたのだと
明確に意識したとき
不意に子供の頃
無邪気が許されなかった
自身を頭に浮かべ
一度哀れんでしまったらもう、涙はとまらないだろう
何十年も前の自身に、何も悪くなかったのだと
声をかけようと試みるたび
胸にこみあげる熱に、声は奪われ、何も言えはしない
無責任な大人に、
無知ゆえの行為を、怒りにかえられ、その矛先となり、
何かもわからず泣いていた自分に、言ってやりたいが、言葉が出ない
出るはずがない
ましてやその対象が、肉親ならば、尚更だ
彼は一体誰に甘えたらよかったのだろう?
両親という、絶対的な力を前にし、
その胸に抱かれようと、甘えることを選べなかった子は
周りの皆々と違う環境に悔しさを覚えながらも
自身を哀れみ、こみ上げてくる涙を
心の力で抑え付けることはできないと学ぶのだ
過ぎ去った日々を思い返し
今となって学んで何の意味があるのだろう
何故、諦め、静かに、心の急所に触れないよう
息を潜めて、悔しさと哀しみで今にも破裂しそうな心を
何重にも包んでいかなければならないのだろう
 
無知であること
可能性を知らないこと
それは起こり得る様々が希望の光で彩られているということ
無知という幸福を
子供の特権を
彼だけの世界を
たった一人きりで通り過ぎてしまった子供
無知をおそれ、希望をおそれ
知性で自らを守ろうと試みながら
これでも駄目
あれでも駄目
繰り返し、繰り返す
知っていれば傷つかないのだと、自分を許すこともなく知識で武装していく
それは生きていく上で出会う様々に、幸福の可能性をみないということ
 
 
もし、それを一言でも言ってくれていたら
その涙をすべて、私がぬぐってあげられたのに
私が、あなたの為に、姿勢を崩すことはなかったのに
そう言ってくれる彼女と出会うまでは
 
 


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