ヴァージン・スーサイズ
天井の高い、程よい明るさに照らされながら
店内にはごまんとあるDVD
何を選んでも自由だ
自由とは言え
基準は必要だ
僕が無目的に、背丈を越える棚に押し込められたDVDの中から
何かを選択し、手に取るとしたら
一体何を基準にするだろう
ソフィアコッポラ
いつだって僕は監督を基準に選ぶ
役者で選ぶこともあれば、音楽で選ぶこともあるけれど
素直な気持ちで手に取れるのは、誰の作ったモノであるか
それがいちばん大事
彼女の作品には、
敷き詰められた根拠や、向かうべき目的地は何処にもない
ただ丸い、無数の円があり、
円同士が重なることもあれば、誰とも重ならず孤独な円もいる
つまりとにかく隙間だらけではあるが、絶妙な均衡を保っていて
それが美しい
君が彼女を、好きになるのに理由はない
何故その音楽を好むのか、理由はないが、自然である
朝、いつもと違うその道を歩いていることに理由はない
自然なことに根拠を求めない
そういうセンスを彼女は持っている
何故、彼女が好きなのか必死に言葉にしようとする僕らを
何故、この音楽を愛しているのか、解明したくてしょうがない僕らを
何故、この日、偶然この道を選んだのかと、運命に答えを求めようとする僕らを
あざ笑うかのように
彼女の映像は
写真の連続のように
所々、僕らに見つめさせる
少女や少年らを、右へ歩かせ、左へ歩かせ
笑顔にさせ、ときにはカメラの向こう側にある闇を見つめさせたりもするが
そうさせる事に、何の根拠もなく
よいモノへと辿りつかせる理論とも、かけ離れているだろう
ただセンスのみがあって、彼女がそう思ったときに
少女を右へ歩かせ、少年を左へ歩かせ
彼女がひらめいた、そう考えた事柄が全て
例外なく美しい
それだけのことである
淡々と流れ続ける時は
ただの時間であるか
僕には彼女の才能に思える
妥協は何処にもない
ある素材を、最適な方法で、配置で
彼女が使う
そこに妥協があるはずもない
何故なら、彼女の作品はなんだってそう
まとわりついてはなれない、彼女のセンスがついてまわる
理屈でつくれば、違う匂いを、映像を、方向性を
四方八方振り回すこともできただろう
しかし彼女はそんなことに興味はない
ほんの少しのアイディアと、
あとは生まれもったセンスと、教育、環境
彼女をつくりあげたモノが自然だったように、彼女がつくりあげるモノも自然であろう
印象が離れないし、印象しか残らない
そのモノがよいということ以外には、
ときには理由がいらない事もある
- Posted by at : 2009.3.31 | Comments [0]
- Category: [Review]
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