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この季節になると、毎年
楽しい事も、哀しい事も、一刻の経験すら鮮明に
感情も、匂いも、言葉も、思いも、未来への展望までも
頭の何処かで引きずっている
それは思い出が多すぎるからだろうか



半年間繰り返してきた、日常と何ら変わりのない一日が
何故かとても大切な一日で
自分が時を無駄にしているのではないかという恐れと
成さねばならぬという観念に支配される
逆らうことは、難しい
朝、自転車を走らせる事に特別なものを感じ
ただ歩いているだけの空間を客観的に見つめ
昼間の空なんて、やけに広く感じやがる
意味が分からない
でも、もう何年も、この時期にはそう感じ続けてきている
そろそろ、気付かなきゃならないんじゃないのかと。
冬から春にかけて、ため息が多くなって
自分を追い詰め、この何か特別な一日、一日を
無駄にしてはいけないのだと、語りかけてくる自分がいる
僕には、何もないから
大切なものは、いつ失われてもおかしくないものたちばかりで
帰る場所が、家庭が、心の休まる場であったことは一度もない
だからこの安心とかけはなれた心を動かしてくれるものなら、躊躇もなく、どこへだって行ってしまう
そんなものすらない時は、こう思うのだろう
成さねばならぬ
力をつけなければならない
知識、技術、感受性、表現力
何か安心できるものを身につけて
一人でも生きていけるように、
数年後、数ヵ月後、数日後
思い出に泣かされる日々を思い返した時
ただ哀しみに明け暮れる日々でないように
ただ寂しさに打ち負かされた思い出にならないように
人のやさしさに甘えるのでは意味がない
目指すものがあるのだから
自分自身が、力をつけるより他はない
そう思うのだろう
知能、容姿、知識、運、体力、教養
どれもない、どれも中途半端
でも中途半端な目的では満足ができないから
少しでも迷わず、何かを実行し続けていかなければ
もっとも嫌う自分になってしまう
だから書くし、自身を追い詰める自身からも、逃げようとは思わない
目をそらしていたら、いつまでも安心できない
 
 
心の拠り所が、ふらふらしている
 
人の優しさに乗っていたら、
停まりたい駅にも停まれない
その優しさが、停まってくれる何処かが、僕も停まりたいと思わなければいけない場所なら
僕は、そんな乗車券はいらない
自分で、停まりたい所に停まれる何かでありたい
それは簡単な事じゃないから、こうして自分に
成さねばならぬと語りかける
それでもやっぱり難しい
そんな時、やさしい歌は、いつだって哀しい
助けを求められないのだと、自身がいちばん分かっているから


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