昼過ぎ
太陽が、実に眩しい時間だった
僕たちは、一年の思い出を偲ぶために集まった
共に過ごす時間
この唯一の事実と、経験だけが
僕たちの一年間の思い出を、締めくくる事ができ
一つのドアを閉じ、新しいドアを開けるには、もっともふさわしい時でもあるのだった
4人で映画を観たり
4人で買い物をしたり
4人で喋ったり
消費の如何で、何が変わるのだろうか
一年を締め括ろうと努めるという事は、
その方法を、取捨し、選択する事だろうか?
ただ、漠然と、時があれば良いのであった
そう、思っていた・・・。
その日
僕たちは、この一年を締め括るべく、集まった
僕の家で少しゆっくりとした時間を、嗜み
充分にリラックスした4人は、秋葉原へ向かった
冬には、冬の匂いがする
この匂いを感じるようになり、寒さを肌身で感じると、
僕は秋葉原を思い出す
何故だか分からない
その記憶が、僕たちを秋葉原へと無目的に導いたという事だけが
確かだった
食事を済ませ
ヨドバシカメラを散策し
外に出ると、陽は落ちていた
一人が、声を出した
「休憩しますか」
3人が頷き
気づいた時には、僕たちはこの地に来て初めて
「目的」を手にしていた
「ツンデレ喫茶へ行こう」
駅前を彷徨いながら
横目で、僕は、ぺsさんを見た
ハンターの目をしていた。
気持ちは分かるよ
僕の心は、同調していた
そして僕たちの心は、好奇心と、稀有な経験を目前にして、震えている
確実に訪れる幸福に、歓喜しているのだろう
何故なら、僕たちは今、しんやさんを擁しているのだから。
道端で、冊子を配っているかわいい少女二人
一目で、僕たちに確信させてくれる
“付近にメイド喫茶が存在する・・・”
小さいながらも、凍える夜に、チラシを配り続けている少女
声を掛けた
「すみません、あなたのメイド喫茶は、話しかけたら引っ叩いてくれますか」
彼女は、こう答える
「いえ、ご主人様」
「アフレコはできますぅ」
「ご飯も用意してますのでお食事もできますぅ」
成る程、道路に立っている以上
道行く人々全てが、主人
さすがに、一流である
僕たちは、ツンデレ喫茶という所を目指していたはずだった
しかし、どうにもこの小さな少女が奏でた単語
「アフレコ」が気になって仕方がない
勇気を振り絞って、聞いてみた所
アフレコとは、メイドと一緒にアニメのアフレコを行えるサービス
更に、そのDVDをお持ち帰りできるサービスだという
僕たちは、相談の末
いや、その相談も、もはや選択の変更という
形骸と化した代物だった
何故なら、その時既に
3人が一丸となって、ツンデレ喫茶以上の何かを
この「アフレコ」メイド喫茶に直覚し
1人、しんやさんだけが、未知と、確実に訪れる試練に
震えていたのだった。
「あ、ああ・・・」
雑踏に掻き消された彼の声を、僕は聞いたように思う。
4人は、小さな少女に店の場所を伺いたて
迷いもなく、道を歩んでいた
店の名は「ぽぽぷれ」
意味は、分からない
刹那
ぺsが叫んだ
何故か、彼の職場の後輩であり
僕のジャックバウアーでもある
ラストエンペラーが、そこに立っていた
彼のテリトリーである神奈川県逗子市とは、遠く離れたこの地に、彼はいた
つい数時間前に電話で声を聞いた彼
つい2週間前には映画に行ったばかりの僕らは、偶然にして
この地で再会した
「何をしているんだろう?」
素朴な疑問が頭をよぎり、特に障害もなく、言葉となった
「ここで何してるの?何処行くの?」
ラストエンペラー「メイド喫茶いきます・・・」
今日の彼は、何故か妙に疲れているようだ
彼のテンションの低さを少し、不思議に思ったが
僕たちとこんな所で出会ってしまい、気まずいのだろうか?
その若き心が、驚きと、偶然に支配されていたのだろうか?
僕は、幾千とありうる理由の海に、その疑念を沈めた
彼にこう言った
「俺たちはこれからアフレコしに行ってくるんだよ」
彼は、言った
「え、今行ってきましたよ」
・・・・・・・・???
人は、偶然と連続という
世の真理を、素直に受け取る事を許されていない
存在しえぬ意図を、背後に見るのである
彼の目は、偶然を信じていなかったように思う
僕たちが彼を尾つけているとでも疑っていたのだろうか?
しかし、僕たちの心に芽生えた思いは、ただただ、驚きと
偶然に対する感謝と、この偶然に対する
超自然的な、思惑である
感嘆するより他にない、状況から、一歩抜きん出るには、進行しか有り得ない
僕たちは、この偶然に驚きを引きずりつつも、前へ進んだ
彼に別れを告げ、店の前に立っていた
気づいた時、僕は店の中に入り、注文を済ませていた。
この店に入る前、僕たちは、高揚する心を抑える事に努力し
確実に訪れる笑いと楽しみに、幸せを感じ
童心そのものであった
が、気づけば、何故か
如何にこの心を高揚させるかに注力し
言葉一つ一つにも周りの人々に悟られぬよう、細心の注意を払っていた
店内は、10数畳程しかない、マンションの一室
それはまるで文化祭の時の教室
それはまるで小学校の図工室
完全に、この僕たちが、空気に呑まれた
ラストエンペラーが、何故
あれ程生気を失っていたのだろう、あれ程疲れていたのだろう?
その意味を、一瞬にして理解した。
普段の僕なら、店員のメイドさんにジョークを振りまき
隣のお客さんにくだらない話をふり
場を楽しんでいただろう
そうである自分を懐かしく思う、自分がそこにいた
いや、何も変わっちゃいない
あの頃の僕と何も変わっちゃいないんだ
僕を狂わせているのは、この場、この空気
でも無理だろ?
4人で話してたら、隣の席の男が
こっちを向いて
「サイバスタァァッァアー GOゥ!」
とか言ってくるんだぜ?
僕が「文化祭みたいな部屋だな」と言ったら
隣の席の男が
こっちを向いて
「俺は文化祭の時に全校生徒の前でサイバスターを歌った」
「※Φ!π?$#〇¨ΘΣ」
なんて歌い始めるんだぜ
ふと、しんやさんを見ると、その目は、恐怖していた
僕たち3人も、僕たちが持てる最大最強の兵器、「しんや」を擁していながら
初めて、この日、敗北を覚悟した
当初僕たちは、アフレコというものについて
店内のスタジオと呼ばれる一室で
メイドさんとしんやがアフレコ作業に勤しむのかと思っていた
だが、その予想は入店数分で裏切られる事になる。
僕たちが入店すると同時に、一人で訪れたと思われる客が、席を立った
「アフレコか?」
店内がかもしだす異常な空気に呑まれながら、微かに思考が働く
10数畳しかない一間に、そのど真ん中に、マイクが二つ並び
メイドが集まり
席を立った彼が、マイクの前に震えながら立っている。
ば、ばかな・・・
店の客が・・・
全員・・・いる前で・・・アフレコ・・・
どう見ても・・・公開処刑・・・
そうして始まる、自ら死刑台に立った彼
とても恥ずかしそうな顔をしている
「今すぐにこの場から逃げ出したい・・・!」
そう思っているんだろう?
自分の心に素直になるんだ、そんなに頑張らなくていいのよ
僕は彼にそう声を掛けてあげたかった
でも彼は、一人でこの店へと足を運び、この公開処刑を望んだ
1500円を支払ってだ
つまり、それ程の価値が、乗り越えた先に手に入る
メイドさんと彼
初めての共同作業で行った短編アニメのアフレコ
そのDVD
彼の純粋な心は、その価値に、犠牲を払う事を選択したのだ
2度のリハーサルを乗り越え、彼は本番のアフレコを行い
計3度の公開処刑を、全ての客の瞳を背にやり遂げた
正直、1500円どころか、10万円もらえると言われても、僕はこう答えるだろう
「まじで勘弁してください」
アニメ終了後
メイドさんが「拍手を」と言った
見ず知らぬ勇者に、僕は拍手を送った
そうして来る
運命の刻
僕たちのヒーローしんやさん
もし、今、3度の公開処刑を越え、DVDを手にした彼に勝てたとしよう
しかし隣のサイバスターに勝つのは、不可能だろう
僕ら3人、全員がそう思っていた
たかだか数分のアニメ
主人公の女
酔っ払い
店員A
客A
どの役をやっても良いらしい
前の彼は、酔っ払いを選択していた、主人公の女と戦闘する役だ
メイド二人がかりで、主人公の女と店員、客をやっていた
しんやは、当然
主人公の女を選んだ
選んだ・・・というより、僕たち議会が、選択した
何故なら圧倒的に台詞が多いから
しんやさんに、チャンスをそれだけ多く与えられる
この場に於いては、沈黙が最も恐ろしいのだ
そして、何故か彼はリハーサルを拒否した
ぶっつけ本番
プロフェッショナルである
最初の台詞
カタコトで
「この店は中華料理屋」云々と、どうしようもない、解説から幕をあけるこの物語
しんやが、マイクの前に立ち
物語は始まった
よし、さらば、しんや
骨は拾う
散って来い
幕は開けた
「おっすオラ悟空!!!」
「おめークリリンって言うのか~」
「ピッコロ※ΣΘ〇$#」
いやwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
せりふwwwwwwwwwwwwwwwwwww
ちがwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
主人公なのにwwwwwwwww
全員の台詞いってるwwwwwwwwwww
マイクwwwwwwwwwwwww落ちてるwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
叫んでるだけだしwwwwwwwwwwwwwww
僕はその時、笑うのを通り越して
呼吸ができませんでした
地上で溺れたのです
僕は、心の底から、数分前の自分を恥じました
僕たちが最期に縋る大樹
僕たちの心に根付く屋久島
しんやさんを裏切ってしまったのです。
アフレコ喫茶という
強大な、未知な、底の知れぬ深遠を前にし
怖気付き、恐怖に心を覆われ
僕たちが頼れる最後の希望
しんやさんの敗北を予感してしまったのです
しかし結果は違いました
隣のサイバスターも、もはや黙ってしまっています
目の前のメイドさんが素で「え、ちが・・・」とか言ってます
後ろのお客さんの目がもはや笑っていませんでした
僕は椅子を殴ってその痛みで、正気をかろうじて保っていました
老人に、進歩を説明するのは難しい
デジタルとは?パソコンとは、携帯電話とは?
僕たちにできる事は、デジタルの歴史を、パソコンの歴史を、携帯電話の歴史を
全てを紐解く歴史の潮流を解くのではなく
ただ、その使い方を教える事しかできない
目で、見てもらい、手で、触れてもらい、心で、感じてもらうのである
しんやさんを前にすると
誰しも、老人となってしまう
目で見て、手で触れて、心で感じなければ、分からないのである
幾千の言葉が無意味である
ある日、ヘレン・ケラーは言いました。
「この世で最も素晴らしく最も美しいものは、目で見ることも手で触れることもできません。」
「ただ、心で感じられるだけです。」
彼の奇跡はもはや
心でしか、受け止められないのです
求めよ、さすれば与えられん
僕たちの心を、最大限の歓喜で裏切ってくれたしんや
彼はもう死にかけていた・・・が
4人皆、満足していた
そこにメイドが一人やって来て、こう言う
「本番お願いします(笑)」
え
しんやさんリハーサルいらないって言ってましたけど・・・
ですよね、しんやさん?
彼はもはや、灰でした
結局、あの奇跡を収めたDVDはこの世に生まれなかった
それで良かったのかも知れない
ラストエンペラーが、あの時、あれ程、生気を失っていた意味
幾千の障害を乗り越え、ラストエンペラーと出会った意味
数々の可能性を振り切り、同じ目的でこの地を訪れていた意味
神はいるのか?
「もしいなければ、我々は神を創造しなければなるまい」
ヴォルテールは、確かこう言っていたな
このような、偶然を前にして我々は、神の存在を感じ
神を信じるのだろう
しんや
彼のような奇跡を前にして
我々は
神に使わされた命を、信じるのだろう
皆様も良いお年を。
広島弁喫茶とかあったら
ガチでいきたいですねえ