しあわせってなんだろなあ
不安でいっぱいのまいにちだけど、すこしをあいせるようになったら
何かかわるのかなあ、わかんないな。いつかおきる不幸をまって
おびえながら暮らしていてたのしいのかな?しあわせかね
そうだとしてもどうにもできないものがあるんだからこわいよ、人生は。
今日は、おいしいケーキをたべて、素敵な映画をみたあと
ジェニーのライブにいった。最初からすわってたらかなり疲れたけど
いままでみた中でいちばんよかった。途中でながれた謎の新曲?がこのみでおどろいたよ
まあ、オレと彼女のこのみはどうにも根っこのところでかぶっているから、だからこそ
柄にも無くああいうところに行ったり何かしてあげたくなったりするんだけど、よかった
思い返せば今年の夏に、ジェニーから今回のライブのこと、そのライブでムービーを
流したいちおうこと、そしてその撮影を手伝って欲しいということをきいて、遊び判断で
10月から手伝ったりしていたんだけどほんとうによいものができた。
なんか少し感動するよね。ぼんやりとしかみえなかったイメージを頼りに、欠片だけを
ひたすら撮りつづけて、どこに向かうのか不確かだったものが、確かなかたちになる工程
世の中の、文芸に生きる人間はこういうあやふやな感覚を頼りに前に進んでいるんだと
身を持って感じたよ、そしてそういう人たちは、自分を信じるという人間的基礎行為をはからずとも
実行できているわけだ。現実や理屈とはべつのところでしあわせを食べているにちがいない
肌でかんじている。
さいわいなことに、いま、心の泥沼でかろうじて呼吸のリズムを整えることだけが許された
オレのようなちっぽけな生命でも、あの場で、その一端にふれて、しあわせをかんじることができた。
不思議なものだ。まわりを気持ちは全身に藻のような失意がはりついた感触なのに、しあわせがなんだか
わかったような気分になれる。これだから人間は不思議だし、音楽をやるという行為にみせられる何かが
すこしだけ感じられた。同時にあやうさも覚えたが、観客からするとそれは、ただひたすらにまぶしい。









