Stairway to Heaven

新宿駅の構内で、端から端まで、ひとごみをすりぬけて
すれちがっているものが一体何なのか、ふと頭にうかんだ。
いのちである。あれも、これも、それも、どれも、命が、通過している。

フランスの朝はおそい、陽があけるのは朝8時頃にもなる。
モンサンミッシェルへ向かう道中、日の出を眺めながら鉄道にのっていると
当たり前のことだが、広大な草原の向こう側から、陽がのぼっていっていることにきづいた。

夜があけたということだ。さっきまでは真っ暗だった。
不自由なく人工的な光で、照らされているだけだ。
そんな中で暗闇である現実をうけいれずに、見つめ合うことをせず、ただ何かに、近づこうとしているだけである。

陽がのぼっている。延々とつづく薄暗い畑や、道路や、たまにみえる石造りの民家
距離をあけて乱立する木々と、うすく水をはる自然のままにある池、遠くまで見渡せる。
鉄道からみえるすべて。その向こうから、陽がのぼって、光を、水平に。地上に、心に。

しばらくのっていると、いつのまにか高く上がった太陽が、とおくにみえる。
雲の切れ間から、光が射しこんでいるのがわかる。
こちら側はまだ暗く、曇っているが、遙かとおくでは、光が降り注いでいる。

日々くりかえされる、この回転が、命であると、結論づけるのに時間はかからなかった。
命の回転だ、すれちがっている我々も、重なっている我々も、我々を活かすすべてすら活かす
永遠の回転である。

この回転が、すべてをうみだし、すべてを奪う。
何故えらばれたのか、彼が。だが無機質にすれちがう人生と比較し
あれはいらない、これはいると、語るだけの力もなければ強さもない。

どうだろう
この景色をみたことがあるか。ないかもしれない。ないだろうな。
が、おそらく知っていただろう。そしていま同じものをみている。
もしくは、それ自体なのかもしれないなどと思いながら、
心のポンプがいつもどおりの速度で動くよう、ただこらえた。

くやしかっただろうな。
絶望して、希望をみて、また絶望する。
そしてそれはみせない。

一日中、絶望して、とことん向き合って、それでも時間は足りなくて
日常の中に笑いや喜びをすこしずつ見出し、しあわせにかけらをつかむたび、何かに夢中になるたび、
現実をみて定位置にもどる。または朝おき、めざめの中、自分の居場所を思い出し、かたわらの現実に
支配されないようまた、向きあう。そして繰り返す。苦悩の日常化、想像を絶する世界である。
そんな中で、諦観にむかうことなく、向上心豊かに、思いやり豊かに、成長の歩みをとめない。

人間、何があるかわからない、後悔のないように

間際、そういうことを親しい友人に言ったようだ。
オレは後悔でいっぱいだ。全力を尽くさなかった。
話をしたかった。それはすぎさってはじめてあらわれる類の後悔だ。

これを避けるのは現実的ではない。だが避けようとするから現実的ではないのかもしれない。
避けない。向きあう。向きあうことは難しいが、難度とは、一から十の世界である。
ゼロではない。

向こうからみえるのであれば、もう知られてしまっただろう。
オレはみじめな男だ。そこから本物になるために、助けをかりたい。
学ばせてもらった。薄っぺらなあいではない。求めているのは、本物。

やさしさじゃなくてもいい、つよさをもった何か、そのため。

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